ピアノを辞めたことを後悔→自分に自信がもてなくなり、嫌な思いを経験

ピアノ

こんにちは、mogukoです。

小学生1年からピアノを始め6年間続けました。そして中学に上がる時にやめました。

これを心底後悔しています。

当時は辞めたことに何も感情が湧かなかったので、後悔という文字もありませんでしたが、今になって「やっぱ続けとけばよかった」と後悔しています。

別に音大に行きたかった、ピアニストを目指していたという訳ではありません。

自分の居場所がなく、他人軸で生きてしまったことに後悔したのです。

本記事の内容

  • ピアノを辞めたことを後悔→環境変化に目移り
  • 目移りした結果→居場所を失い、他人軸で生きてしまう
  • 1つのことを極めるのは、自分の居場所を作るのと一緒

ピアノを辞めたことを後悔→環境変化に目移り

ピアノを辞める時期は決まって、進級のタイミングらしいですね。
私も見事にこの時期に辞めました。

当時は、アップライトピアノを使っていたので教室を辞めたと同時に売りました。(その後、電車ピアノを購入)

環境変化に目移りと言うのは、中学にあがると同時に部活や勉強に忙しくなるし、どんな部活に入ろうかな〜と興味もあったので、そっちばかり気を取られていました。

今思えば、言い訳です。結果、対して勉強もせず、良い成績取れなかったのに、勉強が忙しくなるからと、あっさりピアノを辞めたのが今になって、自分のことですが信じられません。

新しい環境の変化もありましたが、もう一つこんな理由もありました。

同級生と比較にされ、イライラ

私の周りの同級生はこんな子達がいました。

  • 陸上部に所属している子が、運動会の100m走で新記録を出した
  • テニス部に所属している子が、地方大会に出場できるくらい活躍していた
  • 自分のクラスは中間テストで学年トップ5に入る秀才が3人いた

私が通っていた中学校は、なぜかレベルの高い学校でした。(公立なのに)
その中でもうちのクラスは頭の良い子が多く、正直かなり居場所がありませんでした。

運動会や文化祭の団結力も良い方で、その輪に入らないと友達グループどころか、全体グループから外される恐怖を感じていました。

その中で小学校から一緒だった友達は、運動部に入り、上記の通り、目覚ましい結果を残していました。

その状況を見て、親が一言

  • 「なんで陸上部に入らなかったん?00ちゃんがやっているぐらいなのに」
  • 「00ちゃんはすごいなぁ。地方大会に出て優勝したんだって」

それを聞いて、私はこう思いました。

「はぁ??なんでそんなこと言われなあかんの?なんで比較されなあかんの?運動好きじゃないし、陸上もテニスも絶対やりたくない。」

・・・と言いつつ

「私も運動部に入って、活躍したら褒められるかなぁ・・」

自信がなく、流れている自分がここにいました。

親の顔色を伺って、バドミントン部に入部

先に言っておきます。

私の運動神経は、並か並以下です。
対して運動は好きではありません。なのにバドミントン部に入りました。

バドミントンなら遊びでやったことあるし、これならいけるかな・・。

こんな適当な理由で入りました。もう一つ理由があります。

自分のクラスはほとんど運動部に所属している子が多く、自分も運動部に入れば輪に溶け込めるかなと言う考えもありました。

完全に他人軸です。こんな学生生活、絶対楽しくないですよね。

私は中学生から他人の顔色を伺い、居場所を探していました。

もし、この時ピアノをまだやっていたら、部活自体入っていなかったでしょう。

ピアノに集中していたら「ピアノがあるから部活なんてできない」と言い切れますし、勉強ができなくても他人の目を伺うヒマなことはしなかったと思うので。

目移りした結果→居場所を失い、他人軸で生きてしまう

私にとって中学時代はちっとも楽しくない時期でした。
完全に他人の顔色を伺い、勉強もできなかったので自分に自信のない学生生活を送っていました。

ここで疑問が湧くと思います。

何でまたピアノを始めなかったのか?

こんな理由がありました↓

  • 部活に入ったし、もう後戻りできない
  • 一回辞めたのに、再度戻るなんてできないと謎の思い込み
  • 三者面談で部活をすぐ辞めたことを担任の先生に叱責された

実はバドミントン部に入る前、文化系の部活に一瞬だけ入っていました。
しかし、他人軸で生きていた状況で、バドミントン部に変更。結局、文化系の部活に入っていたのは3ヶ月くらい。

その文化系の部活の顧問は担任の先生でした。

先生はすぐに辞めたことがどうしても許せず、私は親の前で叱責されました。
原因は、文化祭で出し物をする予定だったのにさらに人が減ったこと(私以外にもたくさん辞めてたので)

そこで言われた先生の言葉

「他の人の辞め方も悪いけど、あなたの辞め方が一番ひどい」

親の前で言われて、かなり傷つき凹みました。
さらに親から、「すぐ辞めるんだったらあんな部活に入るな」とさらに叱責。

選択を誤ると、時期・タイミングもありますが、ピアノを再度始めるきっかけを失ったことを学んだ嫌な思い出でした。

1つのことを極めるのは、自分の居場所を作るのと一緒


ピアニストまではなれなくても、そこまで練習を継続して極めたことは人生の大きな財産です。

間違いなく自分の居場所はあったと思います。

私は意志が弱かったこともあり、タイミングや外的要因でピアノを再度継続することをしませんでした。

もし、ピアノをまだ続けていたら、他人と比較されても「私は私」と自信のある人間でいれたかも知れません。運動ができなくても、勉強ができなくても、ピアノを続けて、努力していたらどこかでそれが報われる時が必ずきます。

私は高校の時、その転機が訪れました。(人生ってタイミングがありますね)

だって、ピアノが弾ける子って、学校全体で1割くらいしかいないでしょう。その1割はとても貴重な存在です。音楽の先生に好かれることもたまにあります。(運が良ければ贔屓されます。笑)

ピアノを学ぶことは技術だけではなく、私にとっては心の休まる場所となっています。

指の筋力が落ちても、リズム感覚がおろそかになっても、ピアノと過去に習った楽譜をまだ置いていたら、それはまだ続けていたい、ピアノが好きな証拠です。

バイエルは捨ててしまいましたが、発表会で弾いた曲はまだ置いています。

たま〜に弾きたくなるんですよね。

嫌な思い出を経験したのは、ピアノを辞めたせいだと記事にしましたが、もし中学にあがってもピアノを続けていたら、優秀な生徒がいるクラスで勉強ができなくても、運動神経の良い友達と比較されても、「私にはピアノがある」と根拠のない自信はあったと思います。

もちろん私よりピアノの上手い子はいたかも知れません。

それでもこの根拠のない自信が自分の居場所を作ってくれます。

生きていたら人生、色んな物語があります。もし「もうピアノ嫌だ。辞めたい」と考えているあなた、その決断で私みたいな嫌な思い出を作らないように、一度考え直してみても良いかと・・・思います。

まぁ私が特殊かも知れません。笑

何年後か、この記事を見て、「辞めなくてよかった」と言う声が聞けたら、めちゃくちゃ嬉しいです(^_^*)