「孤独」を埋める消費

ひとりごと

仕事帰りになんとなくコンビニに寄ってしまうのは、暗い夜の中で煌々と明るく輝いている店内に引き込まれてしまうからではないでしょうか?
それは、自然と沸き起こった孤独感を埋める為なのかもしれません。
私は、コンビニとは「便利なお店」というより、「孤独を埋めるお店」だと思っています。
実勢に、そのことを証明するデータもあります。
東日本大震災で原発事故が起きたあと、多くのコンビニは節電のために店内の灯りを暗くして営業していました。店内を暗くしていた時期、コンビニの売上が激減したと言います。もちろん、買い控えなどの原因も考えられますが、暗いと店内に引き込まれない、という要因も大きかったでしょう。

携帯ゲームやtwitter、Facebookなどのソーシャルメディアも、孤独を埋める為のサービスですよね。隙間時間の寂しさを埋めるために、ゲームをしたり、多くの人とネットでつながっていたいと思うわけです。

実は投資信託という金融商品も、「孤独を埋める商品」という側面があります。
投資信託は、シニア層の孤独を埋めているビジネスだと見ることもできるからです。
60代、70代の人たちは、自分たちの子供が独立しているので、単身世帯かふたり世帯が多いです。お金は余っているけれど、話し相手がいない。そういう人がたくさんいるのが現実です。
そういう生活の中で、銀行・大手証券会社の若手営業マン・ウーマンが、自宅の玄関まで投資信託を売りにきます。自分の息子や娘、孫世代の、しかも感じの良い若者たちが来て、話し相手をしてくれるわけです。嫌みも言ったりもしますが、それも含めて嬉しいのです。話し相手がいるだけで癒されるのです。
販売員は「毎日分配型」の商品などをオススメするわけですが、だからといって、老人たちは毎月のお小遣いが欲しい訳ではありません。必要だから買う訳ではなく、心の寂しさを埋めてくれるから買っているわけですね。れっきとした事実として、たくさん雑談することができる人ほど、良い結果をあげることができます。営業では、商品の説明をするより、相手の愚痴を聞いて、雑談をする方が成果があがるのです。

それは、本当の売り物は金融商品ではなく、シニア層の孤独を埋めることにある、ということでしょう。

だから、私たちのような投資信託を売る人間からしてみれば、高齢者の”孤独スイッチ”を押してあげれば、すんなり契約に結びついてしまいます。ビジネススクールに考えた場合、孤独スイッチを押してあげられれば、それだけで売上があがるわけです。これは、誰も大きな声では言いませんが、業界での常識となっています。
投資信託を開発・販売している現場では、皮肉を込めて「壺売り」とまで言っています。というのは、怪しい宗教が怪しい教義をもとに高齢者に霊験あらたかな「壺」を高い値段で売りつけているのと、あまり変わらないからです。

しかし、それは本来の意味に置いて、正しい投資信託の売り方ではありません。

結局、孤独を埋める商品・サービスが売れるからといって、そのことになんの疑いも持たず、単に孤独を煽ってしまえば、結果として孤独感は増幅していき、孤独な人がさらに増えていくことになるでしょう。
しかし、経済=共同体のあり方を考え、創造していくときに、私たちが目指すべき社会の方向性は、それはいいのでしょうか?
「寂しい」という感情は普遍的なものです。でもそれは、ときには自分自身でしっかりと受け止めないといけないのです。寂しいからといって、その感情と直面することから逃げないでください。

電車に乗った瞬間から携帯をずっといじっている人は、もちろん何か用事もあるのだと思いますが、ほとんどが「なんとなく寂しい」からそうしているだけだと思います。そうやって、お金も時間も自分の人生も「消費」してしまって、本当にいいのでしょうか?そこを一度、自問してみてほしいのです。

みなさんは、ただ生きているだけで大きな価値があります。であるなら、その価値をさらに大きなものにするように、自覚的に行動してほしい。